気まぐれエッセイ
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今年も残りほんのわずかとなってしまった。この1年は特に大きな舞台出演がいくつも重
なり、忙しくて忙しくて頭と身体が大バクハツして変になりそうだった。そのトドメに2ヵ月後の2月1,2日にリサイタルを控えてい るので、今はその準備で死にそうになってる。。。
それとは別に、この気まぐれエッセイを読んでくださっている方が、想像以上に多く て私の全く知らない方からのうれしい感想メールや、昨日はイタリアでこのエッセイ
を読んでくださったプロのピアニストの方から、ありがたい感想文をいただいて、昨 日から何度も読み直している。 前回日本フラメンコに関して書いたのだが、実に多くの人から”同感である”、とい うご意見をいただいて、私としてはうれしいというか、同意見の人がいるという、 ちょっとホッとしたような気持ちになった。それに続いてつい最近、パセオでこの新 人公演についての意見が掲載されていたので、興味深く読ませていただいた。 私は踊り手なので舞踊に関しての意見しか言えない、その範囲の中でエンリケ坂井先生の
ご意見、ごもっともだと思う。 ダンスの技術面だけと、その人の持っているフラメンコっぽい表情や雰囲気で評価し
てしまうのは、フラメンコを評価していることには全くならない。 重複してしまうが、この部分を理解していない方が、ちゃんと勉強していない人を評 価すると、それを観客席側から見ていたフラメンコ勉強中の人達(まだフラメンコを しっかりと理解していない人たち)が、それを良しとして、違う歯車の所で、違うも のに向けてひたすら走ってしまう、という流れになり、それが結局、スペインに目を 向けない、「日本独自のフラメンコ世界の確立」につながる原因の一つのような気が する。 コンクールでないフラメンコ協会の新人公演で、「賞」の存在はなくていいと思う。 賞なしの、誰でも参加できる大きな舞台での発表の場として「新人公演」を維持させ て、そしてフラメンコをしっかりと勉強している人達に対して評価する「フラメンコ コンクール」をフラメンコ協会で2〜3年に1度設けてはどうだろうか。それで賞を 取った人には、本場スペインでしっかりと勉強できるよう、せめて旅費や滞在費を出 してあげて、これからの日本のフラメンコ新人育成の為に大きく援助してあげられる ような、そんな日本フラメンコ協会の存在になったら素敵だな、と思うのだが。 テレビで、(フラメンコでない)外人アーティストが言ってた言葉。「日本人という 人種は、どの国の文化もどん欲に取り入れて、その国の文化をそのまま維持するので
はなく、日本人向け味付けにして、日本文化のようにしてしまう」。 2006年12月21日
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