気まぐれエッセイ

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 今年も残りほんのわずかとなってしまった。この1年は特に大きな舞台出演がいくつも重 なり、忙しくて忙しくて頭と身体が大バクハツして変になりそうだった。そのトドメに2ヵ月後の2月1,2日にリサイタルを控えてい るので、今はその準備で死にそうになってる。。。
 ギョエ〜!時間がない!クリスマス?もちろんイブもクリスマスもスタジオで缶詰状 態でみんなで練習。お年賀状?年賀状を作る時間が全くないのでどーしよう!でも新 年のご挨拶を出さないと失礼になるし、、、いつ書けばいいのだ???

 それとは別に、この気まぐれエッセイを読んでくださっている方が、想像以上に多く て私の全く知らない方からのうれしい感想メールや、昨日はイタリアでこのエッセイ を読んでくださったプロのピアニストの方から、ありがたい感想文をいただいて、昨 日から何度も読み直している。
 なので!極力、間が空かないように頑張って書くようにするぞ!と、来年の目標とし て思ってたのでありマシタ。

 前回日本フラメンコに関して書いたのだが、実に多くの人から”同感である”、とい うご意見をいただいて、私としてはうれしいというか、同意見の人がいるという、 ちょっとホッとしたような気持ちになった。それに続いてつい最近、パセオでこの新 人公演についての意見が掲載されていたので、興味深く読ませていただいた。

 私は踊り手なので舞踊に関しての意見しか言えない、その範囲の中でエンリケ坂井先生の ご意見、ごもっともだと思う。
 ”アルテに対する美学や信念は異なるから、結果にバラつきや誤差が出るのは当たり 前であろう。しかし最も大切なフラメンコのアイレ、ペジスコ、 深みは評価されない”と書かれている。その通りだと思う。
 続けてエンリケさんもおっしゃっているが、特に最近では、技術的なレベルが非常に 高くなっているのだが、その技術的に高いレベルを持った踊り手と、フラメンコの芯 の部分をよく勉強している人との違いをしっかりと見分けられる選考委員の方があま りいらっしゃらないので、このような結果につながるのだと思う。

 ダンスの技術面だけと、その人の持っているフラメンコっぽい表情や雰囲気で評価し てしまうのは、フラメンコを評価していることには全くならない。
 そして特に今の時代の踊りがモデルノ流行で、モデルノは技術力が備わると、とにか くカッコよく見える。でもフラメンコがわかる人には、どんなにカッコよく踊ってい てもフラメンコをちゃんと勉強しているかどうかはすぐに見抜けてしまう。
 「フラメンコをちゃんと勉強しているか」ということは、古典と土着のカンテ、バイ レ、トケを、どれだけ深く愛して、好きで勉強して、長年その環境に 身を置いているかであると思う。この基本的な事をしっかりと身につけた土台を持っ ている人は、何をやってもフラメンコになる。カンテ、バイレ、トケが実際に出来な くとも人間的に、その人そのものがフラメンコになる。だから、フラメンコをキチン と理解した人でないと、ちゃんとした選考が出来ないと絶対に思う。新人公演だから こそ、フラメンコの勉強を新人ながらちゃんとやっているか、を評価するべきなので はないだろうか?
 ダンスの評価なら、現代舞踊協会などのコンクールにお任せしたらいいのではないだ ろうか。

 重複してしまうが、この部分を理解していない方が、ちゃんと勉強していない人を評 価すると、それを観客席側から見ていたフラメンコ勉強中の人達(まだフラメンコを しっかりと理解していない人たち)が、それを良しとして、違う歯車の所で、違うも のに向けてひたすら走ってしまう、という流れになり、それが結局、スペインに目を 向けない、「日本独自のフラメンコ世界の確立」につながる原因の一つのような気が する。

 コンクールでないフラメンコ協会の新人公演で、「賞」の存在はなくていいと思う。 賞なしの、誰でも参加できる大きな舞台での発表の場として「新人公演」を維持させ て、そしてフラメンコをしっかりと勉強している人達に対して評価する「フラメンコ コンクール」をフラメンコ協会で2〜3年に1度設けてはどうだろうか。それで賞を 取った人には、本場スペインでしっかりと勉強できるよう、せめて旅費や滞在費を出 してあげて、これからの日本のフラメンコ新人育成の為に大きく援助してあげられる ような、そんな日本フラメンコ協会の存在になったら素敵だな、と思うのだが。

 テレビで、(フラメンコでない)外人アーティストが言ってた言葉。「日本人という 人種は、どの国の文化もどん欲に取り入れて、その国の文化をそのまま維持するので はなく、日本人向け味付けにして、日本文化のようにしてしまう」。
  あ〜なるほど、日本のフラメンコの世界でさえもその通りだな、とその外人アーティ ストの言葉に感心してしまった。

2006年12月21日