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変身するシャンソン
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世の中が変わるように、唄も変化していく。
新しく生まれ変わる。 日本の枠から飛び出し、日本のシャンソンのイメージを打ち破る。 私のシャンソンは変身する。
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心は変幻自在
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私の心の底に沈んでいる、ありとあらゆるものを、すくいあげて唄う。
ロックのように熱いハート、フラメンコのように烈しい情念、若くしなやかなまなざし。 心は変幻自在だから。
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| 私の唄は私の血と肉 |
唄とはその人そのものだと思う。 音楽とは言え、唄だけはちょっと違うのではないか。 私の唄は私の生き方だ、と胸を張って言える歌手でありたい。 いつもそう思って唄ってきた。 私の唄は、私の血と肉でできている。
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| 海外の友人にも潔さは伝わる |
シエナに住んでいる レオ・フェレ未亡人や フランス・ イタリアの友人は私の唄を聴くと「なぜこれほど情熱的に唄えるんだ!」 と驚きます。 それは血のなせる技? いいえ、魂の総てと今までの長い時をぶち込んで唄ってきたから。
それが答えです。
やはりハートは伝わるのですね。
どうか、先入観をもたないで 聴いてください。
誰もが なぜ? どうしてそうなの? と叫びたくなるような思いを唄いたい。
勇気、怒り、愛など、言葉にはならないかもしれない深い感情を唄いたい。
懸命に生きたなら、どんな結果だろうと喜んで受け入れる、そんな潔さが伝わればと思います。
一人の人間として 共感できる思いを唄いたい。
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| 行列に並ばない |
シャンソンとは、フランス語で単に「唄」という意味であり、フランスでは、日記の様に何でも唄にしていたのです。
もとはと言えば、民謡に近いものです。 商業ベースにのせるための唄ではなかったのです。
フランス映画のテーマ音楽として知られた歌、またピアフ、アズナブール、ベコー、アダモの唄だけがシャンソン?
大いなる誤解です。
フランスでは戦後の三大アーティストとして、ジョルジュ・ブラッサンス、ジャック・ブレル、レオ・フェレの名前があがります。
彼らは独自の思想を持ち、世の中に迎合せず、自分の生き方を貫きました。 けして行列に並びませんでした。
それがシャンソンの真髄です。
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| レオ・フェレって? |
日本では無名、フランスでは誰もが知る鬼才。1993年77歳で亡くなった。 ロック、クラシック、ジャズなど、様々なジャンルを包み込んだ、新しいフェレの音楽を作った。いわゆるシャンソンのイメージからはみ出した、骨太の作品が多い。
私はフェレの音楽から受ける人間臭さ、スケールの大きさ、普遍性に惹かれ1983年から唄っている。
日本語詩は「自分の言葉」にこだわった。 私の心の中にある何かを取り出してみたかった。
余談だが、原詩は暗号文のように 意味不明なものが多く大意をつかむのに大変苦労した。 だからというわけではないが、私の日本語詩は、ほとんど創作に近い。
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| 若い人に |
コンサートで私の唄を聴いた若者たちは 共通して言う。 「カッコいい!」「とて も新鮮!」。
私は好きなことをみつけ、自分らしく生きてきただけ。 そのために乗り越えなきゃいけない壁も多々、あったけれど、好きなことをやりたい一心で、諦めなかった。 鉄は熱いうちに打てといいます。
若い人も 熱くたぎっている気持ちを大切に、体当たりでやりたいことを貫いて ガンバレ!
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どこかで 私を見かけたら 声をかけてください!
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