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変身する歌
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歌は世につれ変身する。
シャンソン=枯葉・愛の讃歌=レトロというような、 固定イメージが、世界を狭めてしまう。 それが全ての誤解の始まり。 新鮮な出会いまで奪ってしまうことになる。
どんなジャンルも バラエティに富んでいて、豊かなのです。
ボーダーラインは人がひいているのです。
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私の歌は私の生き方
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世につれ時が過ぎて、変わるのは肉体。
魂は変わらない。
私が歌う時は、いつも生き生きと 勇敢に 私の体の中で 息をしている。 ロックのように熱く、フラメンコのように烈しく、若くしなやかな生き物のように私の魂は歌う。 それが私の歌、私の生き方。
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| レオ・フェレって? |
日本では無名、フランスでは誰もが知る鬼才。1993年77歳で亡くなった。 ロック、クラシック、ジャズなど、様々なジャンルを包み込んだ、新しいフェレの音楽を作った。いわゆるシャンソンのイメージからはみ出した、骨太の作品が多い。
私はフェレの音楽から受ける人間臭さ、スケールの大きさ、普遍性に惹かれ1983年から唄っている。
日本語詩は「自分の言葉」にこだわった。 常日頃から、自分が喋るような言葉、また自分にとって自然な言葉であるように。
余談だが、原詩は暗号文のように 意味不明なものが多く大意をつかむのに大変苦労した。 だからというわけではないが、私の日本語詩は、ほとんど創作に近い。
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| 行列に並ばない |
シャンソンとは、フランス語で単に「唄」という意味で、昔は日記を綴るように何でも唄にしていたらしい。
暮らしの中から生まれた民謡に近いものでしたが、ずいぶん変化して、今では職業として成り立つようになったのです。
日本では、一昔前に流行ったピアフ、アズナブール、ベコー、アダモだけがシャンソンと思われているふしも。
枯葉や愛の讃歌、バラ色の人生は確かに良い歌ですが、それだけがシャンソンでしょうか?
大いなる誤解です。
フランスでは戦後の三大アーティストとして、ジョルジュ・ブラッサンス、ジャック・ブレル、レオ・フェレの名前があがります。
彼らは独自の思想を持ち、世の中に迎合せず、自分の生き方を貫きました。 けして行列に並びませんでした。
それがシャンソンの真髄です。
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| 私の好きな歌 |
歌とはその人そのものだと私は思っています。 そう感じさせる歌がいいなぁと思います。 民謡を歌うお年寄りの声には、そこはかとなく、長い暮らしのひだが感じられます。 その人の匂いとか、生き方がそこはかとなく感じられるような唄、もう一度聴いてみたいなぁと思うような歌。 そんな歌が歌えるようになりたい。 いつもそう思って唄っています。
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| 若い人に |
日本では無名、フランスでは誰もが知る鬼才。1993年77歳で亡くなった。 ロック、クラシック、ジャズなど、様々なジャンルを包み込んだ、新しいフェレの音楽を作った。いわゆるシャンソンのイメージからはみ出した、骨太の作品が多い。
私はフェレの音楽から受ける人間臭さ、スケールの大きさ、普遍性に惹かれ1983年から唄っている。
日本語詩は「自分の言葉」にこだわった。 私の心の中にある何かを取り出してみたかった。
余談だが、原詩は暗号文のように 意味不明なものが多く大意をつかむのに大変苦労した。 だからというわけではないが、私の日本語詩は、ほとんど創作に近い。
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| 若い人に |
やりたい事がない〜何をしたらいいか分からない〜ともったいない事を若い人は言う。
そんな若者も、コンサートで私の唄を聴くと羨ましそうに「カッコいい!」「とて も新鮮!」「でも、なぜ?どうして?」と言う。
私はそんな若い人にいつも言います。「行動ありき」と。
私は心から好きな歌を、ただひたすら歌ってきただけ。 何かの手段や目的で歌っていたら、きっと続かなかった。 そして私の歌に取り組む姿勢に共感し、応援して下さる多くの友人たちもできた。
若い人も 本当に自分は何をしたいのか、熱くたぎっている気持ちを大切に、体当たりでやりたいことを貫いて ガンバレ!
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| 海外の友人にも潔さは伝わる
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シエナに住んでいる レオ・フェレ未亡人や フランス・ イタリアの友人は私の唄を聴くと「なぜこれほど情熱的に唄えるんだ!ここには真実がある」 と驚きます。 それは血のなせる技?
いいえ、唄を心からいつくしみ、常に前進をモットーに継続してきたからです。
やはりハートは伝わるのですね。
どうか、先入観をもたないで聴いてください。
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どこかで 私を見かけたら 声をかけてください!
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